「このロボで、行けるところまでいくしかないのだ。」と、ととのわない日

このロボは大事にしないと。乗り換えできないし
五箇公貴 2026.08.26
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タイトルも秀逸

タイトルも秀逸

スズキナオさんの新刊。「家から歩いて5分の宿に泊まる」などとスズキナオさんの書く本が好き。毎回タイトルが秀逸なんだけど、今回もさすが。このタイトルだけで中身も分かる。共感しかない。

前回の記事のテーマがそれぞれのととのい方、だったけれど、もうこのロボ(自分の肉体)で行くしかないというある意味中年の絶望をどう消化していくか、そして精神的にラクな境地に行くかという内容。こちらは前に紹介した2冊よりも鬱々とした現実を描いている。

老化を受け入れたくないが、それを受け入れていくしかないという諦観、すなわちあとは精神的にも肉体的にも坂道を落ちていくという現実に向き合い、それでもどう余生を過ごすのか。自分の現状を赤裸々に語るナオさんに読んでいて切なくなり、何なら涙が出てくる。読みながらナオさんを応援している、それは自分への応援でもある。素晴らしいエッセイだと思う。

僕は毎日朝ランニングしているけど、自分をロボに例えるなら、体を動かすことで潤滑油を差し、走って血流や酸素を回すことで今日一日にアイドリングを行い、シャワーを浴びることで洗車するという気持ちでいる。これもロボを動かすためのメンテなのだ。今日も朝走ったけど途中で幾度となく停まった。毎日走っていると停まる日もある。ロボが休みたいと言っている。

巻末に「断片的なものの社会学」、PODCAST「岸政彦の20分休み」などでもおなじみ、社会学者の岸政彦さんとの対談がついているのですが、これも興味深かった。岸さんが「私は明日からおじいちゃんです」と宣言し学生が困惑していたという話には笑いつつ、せつなくなる。

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